数十\年前までの磐田原にとってどんなお宝にも勝るもの、それは命を繋ぐ「水」であったはずである。当地区の歴史を知る上でも水を抜きにしては語れないものがある。
旧家と呼ばれた家にあった深井戸(車井戸とも言った)又、一般のどこの家にも1〜2基あった雨水を地中に溜めた天水井戸は、昭和30年(1955年)代に市営上水道が敷かれるまで飲料水・生活用水として利用されていた。(少雨の時期は干上がる事もあり譲り合った)
少し掘れば地下水が湧いた地域に比べれると一滴の水も大切にし、二晩沸かす風呂も普通であった事を思うと隔世の感がする。
これらの井戸も時代環境の変化とともに、埋められるものも多く現在では余り見かけなくなった。
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